目標設定で消耗することはもうやめた
達成できる目標を立てることを諦めた
私は毎期、考課目標の設定という業務で消耗していました。というのも目標を設定した以上は達成しなければならないと勘違いしていたからです。今期はそのことに気がついて、目標設定が非常に簡単にいきました。この考え方のいいところは以下のようなものです。
- 求められたことをただ書けばいいだけなところ
- 自分の本当の目標とは別なのだと考えられること
企業が目標管理をやりがる理由
ところで企業はなぜ面倒な目標管理をそれも自発的に考えた目標を管理するという面倒なことをしているのでしょうか?考えられる理由はいくつかあります。
- 従業員の努力を正当に評価しているようにみえる
能力というのは個人差があります。それに対して一律に目標を設定するとそのレベルの人にはこの目標は達成できるわけないのだから、正当に評価していないという反論があり得るのです。従業員が自発的に目標を立ててそれを達成できたかを測定することで従業員を評価することは正当性があるということです。 - 管理コストの減少
能力をより正当に評価していることにするためには個人の能力に見合ったものを設定する必要があります。しかし、個人の能力がどれくらいで、どれくらい頑張れる人なのかを把握しなければなりません。それを解消するのが従業員が自発的に立てた目標であるという言い訳です。従業員自身は自分の能力の限界を誰よりもわかっているので無理のない目標を立てられるというわけです。
目標設定の本音と建前
企業が目標管理をやりたがる理由を考えれば、目標管理はそれほど難しいものではないはずです。なぜなら、本人がやりたがっていることに基づいて目標を設定して、どれくらい成長すれば良いかも本人が決めるからです。しかし、実際には目標に対して、こんなの目標じゃないという文句がつきます。なぜでしょうか、理由としては以下のようなものがあります。
- 目標管理をするリーダーが目標管理をする理由を理解していない
- 組織を成長させるような目標を企業は立ててほしい
私の組織の目標管理
私の組織で行われている目標管理は以下の工程からなります。
- どの組織目標と連動しているかを明示
- テーマの設定
- 達成基準の設定
- 達成プロセスの設定
私は重要なのは目標を達成することで過程は事前に考えるタイプでないのでこの時点でマイナスポイントです。
達成基準と達成プロセスそして、達成基準を第三者が見ても達成したことがわかることが重要であるという考えがあります。この時点でコミュニケーション能力の向上などは目標として成り立ちません。第三者がコミュニケーション能力を把握できるわけがないからです。
これらが組織の目標とどれくらい連動していて、それでいて達成基準や達成プロセス間に矛盾がないかなどをよーく見てきます。
私はこの目標管理に疲れてしまいました。
もうこれから賞与はいらない
こんな考課を何度もやらされるくらいなら賞与が減額されてもいい。なんなら賞与がなくなっても良い良いに生活することを心がけている。そうなった私はもう無敵だった。考課目標はやりたいことではなくリーダーが設定して欲しそうなものを設定しておけば良いからだ。あとは頑張ったけど達成できなった。今回の課題を踏まえて来季の課題にしたいと振り返れば目標の使い回しも可能だ。簡単な目標管理が幕を開けた。

